6.楽は苦の種、苦は楽の種
『原稿執筆』

見事、「企画採用」の知らせが届きましたら、いよいよ原稿の執筆です!さて、どうしましょう。目次案に沿って、最初から書いていきましょうか。ただ、あなたの本のテーマへ読者の心を引き込む最初の一文が、じつは最も難しかったりします。いきなり何も思い浮かばずに挫折したら何にもなりません。 困ったときは、担当の出版プロデューサーにも遠慮なくご相談くださいね。先は長いのです。無理はしないでください。

書けるところから書いてみる

幸い現代は、原稿を原稿用紙に書かなければならない時代ではありません。文章を何度でも書き直せて、いくらでも納得いくまで順番を入れ替えられる、パソコンという便利な道具があります。 まずは、書ける自信があるところから書いてみましょう。 最初、企画のたまご屋さんに送ってくださった企画書に「見本原稿」を付けていただいたはずですが、 その見本原稿に書き足していくところから始めてみるといいと思います。

キリの良くないところで中断する

本1冊の原稿には、平均しておよそ10万字が必要とされます。当然、いっぺんに書き終えられるような分量ではありませんので、 何か月かをかけて執筆することになるでしょう。いったん書くのを中断するときに、章の終わりなど、キリの良い場所で止めてしまう人が多いようです。 そうすると中断しやすいのですが、その代わり、執筆を再開しにくくなります。そこで、執筆の気分が乗ってきた最中に、あえて中断してみましょう。 原稿書きを「おあずけ」した未練が残る心理状態が続きますので、また執筆に戻りやすくなるでしょう。

テーマを深掘りして「解釈」してみる

たとえば、『日本人の嫁と外国人の姑の、仁義なき家庭内バトル』という出版企画が、幸運にも通ったとします。ベースは体験談ですよね。でも、実際に経験した出来事をそのまんま綴って、「ねえ、うちの姑さん、ひどいでしょ?」と言い張るだけだと、書いている本人は楽しくても、読んでいるほうは退屈で、冷めてしまうことがあります。 そこで、書き手による「解釈」という武器を使ってみましょう。解釈とは、起こった出来事に対する、あなたなりの理解です。 まず、姑さんの母国のことについて徹底的に調べます。たとえば、姑さんがすごく細かいところに気がついて小言を繰り返す性格なら、「姑の母国では、精密に造られたカラクリ人形が有名な特産品なのだそうだ。きっと細かいところまで見えてしまう民族的なDNAが姑にも脈々と受け継がれているんだろう。それを思うと、姑の顔の左右にある2個のほくろが、カラクリ人形のネジに見えてきた」などと、勝手な思い込みをイヤミったらしく書けばいいのです。いちおう根拠がある思い込みなので、読者にも割と受け入れられやすいでしょう。 「怒るとすぐに、両腕を振り上げて暴れる姑は、母国伝統の○○祭りの踊りのくせが抜けないに違いない」とかですね。さらに「この○○祭りって、日本で言えば阿波踊りみたいなものらしいですよ」のように、読者の立場に寄り添う解説があると、よりフレンドリーな原稿になります。
(※何の資料も無しに書いております。世界のどこかに似たような特産品やお祭りがあったとしても、実在のものとは一切関係ございません(^_^) )

図書館へ行ってみる

たとえば「オーセンティックって、どういう意味だっけ?」とか「東武と西武、先に開業したのってどっちだろう?」といった簡単な調べ物なら、辞書(事典)やインターネットで調べれば済みます。 しかし、テーマをもっと深堀りして調べたければ、図書館へ行ってみることをお勧めします。知りたいことの調べ方が分からなくても、職員さん(司書)が丁寧に教えてくれるはずです。 原稿がなかなか進まないときでも、図書館で手当たり次第にいろんな本や雑誌を読んでいるうちに、新しい道筋が見えてくることもありますしね。

また、あなたの出版企画と似かよった過去の本(類書)の研究にも使えるでしょう。類書には何が書かれていて、何が書かれていないのかを掴んでいれば、自分が何を書くべきか、立ち位置がだんだんハッキリしてくるものです。 「斬新なアイディアを思いついた!」と興奮していても、ちょっと調べてみたら実は、今までに様々な立場の人々が入れ替わり立ち替わりこすってきた定番のネタかもしれませんし、逆に、どうしようもなく深みに欠けた切り口だから誰も触れていないだけかもしれません。ひとりの著者として、本に囲まれながら冷静に自分を見つめ直すことができるのも図書館の良さです。 類書の主張に乗っかるか、類書の主張を崩して新たな展開を進めるか、あるいは今までの類書で触れられていない隙間を突くか、その方針はお任せしますが、後二者のスタンスを採ったほうが、原稿の商品力は強まる傾向にあります。

多少強引にでも、ネタをひねり出す

たとえば、『ストレス』をテーマに書いていて、急に書くことが無くなってきたとします。そういうときは視野をずらして、次の一筆に移れるネタをひねり出してみましょう。使えるかどうかは別にしても、たとえば、以下のようなヒントがありうると思います。

  1. 【昔と今の比較】
    ⇒『人類はいつ、ストレスを発見したのだろう』『ストレスの歴史は?』『ストレスという言葉が一般的になったきっかけは?』
  2. 【公と私の比較】
    ⇒『仕事場でのストレスと家庭でのストレス、恋愛のストレスの違いは何だろう』
  3. 【都会と地方の比較】
    ⇒『東京都民のストレスと沖縄県民のストレス』
  4. 【国内と国外の比較】
    ⇒『日本人の感じるストレスと外国人の感じるストレスは異なるのだろうか』
  5. 【人間と他生物の比較】
    ⇒『胃の中のピロリ菌もストレスを感じるのだろうか』
  6. 【社会的立場ごとの比較】
    ⇒『金持ちのストレスと庶民のストレス』『理系のストレスと文系のストレス』『従業員のストレスと経営者のストレス』『年配者のストレスと若者のストレス、赤ちゃんのストレス』
  7. 【性別での比較】
    ⇒『男のストレスと女のストレス、新宿二丁目のストレス』
  8. 【通常時と非常時の比較】
    ⇒『日常生活のストレスと、震災時のストレス』
  9. 【アナログとデジタルの比較】
    ⇒『スマートフォンやSNSが普及したことによるストレス』
  10. 【原因と結果】
    ⇒『ストレスはなぜ生じるんだろう』『ストレスが溜まった結果、どうなるんだろう』
  11. 【建て前と本音】
    ⇒『“勤勉でお人好しな国民性だから、ストレスが溜まるのは仕方ない”という話で済ませていいか?』
  12. 【理想と現実】
    ⇒『ストレスの無い社会はどうすれば実現できる? ストレスの無い社会は本当に理想的か?』
  13. 【テーマ裏返しの仮定】
    ⇒『ストレスが無い状態とは、どういう精神状態か?』
  14. 【常識否定の仮定】
    ⇒『ストレスとは、人間にとって悪影響だけのものか?』

《原稿を書くときの注意!》

名誉毀損に気をつけよう

批判の範囲を超えて、他人に対して人格的な中傷攻撃をしたり、不用意にプライバシーを暴くなどして社会的な評価を下げると、不法行為として慰謝料の支払いを命じられたり、名誉毀損罪や侮辱罪という犯罪で検挙されてしまう危険があります。 他人をバカにした内容がウソでも真実でも、法律上は関係なく違法です。そして何より、著者としての品位も著しく下がります。 本の中で、誰かを名指ししてバカにするのはやめましょう。他人の揚げ足を取るよりも、あなたの持論を真剣に時間をかけて展開するほうが生産的です。

著作権侵害に気をつけよう

誰かの作品の一部を、自分の原稿の中に載せる場合は、原則としてその誰かの許諾をとる必要があります。許諾をとらずに掲載すれば、やはり不法行為や犯罪に問われかねない危険性があります。 ただ、許諾をとらなくても、作品の著作権が切れているもの(作者の死後50年以上が経過している古典的な作品など)なら、亡くなった作者の人格を傷つける改変をしないことなどを条件に、自由に使うことができます。 また、著作権が切れていない作品でも「引用」という形なら許されます。 他人の作品を引用するときは一般的に、以下の4つの要素を満たしていなければならないとされます。

  1. 文章の流れから、他人の文章や写真・イラストなどを引用する必然性があること。
  2. かぎかっこや外枠を付けるなど、自分の文章と引用部分とが区別されていること。
  3. 自分の文章がメイン(主)で、引用部分がサブ(従)といえる分量の関係であること。
  4. どんな本や雑誌などから引用したのか、タイトルや著者名などの手がかりが書かれていること。

絵と文/長嶺超輝 協力/しらくまももこ