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2021 年 09 月 28 日

ICU式「神学的」人生講義 この理不尽な世界で「なぜ」と問う

著者:

魯 恩碩

出版社:

CCCメディアハウス
教養

神がいるなら、なぜこの世は不条理なのか?

本書は、国際基督教大学(ICU)の必須教養科目を書籍化した、神学の基礎教養の入門書です。著者である国際基督教大学教授 魯恩碩さんによると「キリスト教概論」を受講するICUの学生の多くが、この世に満ちている不条理な事や理不尽な問題とキリスト教の「善良で全能な神」の概念は共存できないと考えているそうです。そんな学生たちのように、神を賛美する前に、神に「なぜ」と問い、理解しようとすることは、不条理で理不尽なこの世界に対峙する力を手に入れることになると著者は言っています。

本書では、牧師であり、「キリスト教概論」を担当する神学者の教授と、さまざまな国籍、背景を持つ7人の学生の対話をベースとした、ICUの神学の授業を再現しています。

キリスト教の「神義論」の前提となる問いは以下の通り。

“善良で全能な神が創造したはずのこの世界に、なぜ悪が存在するのか。”

神が善良であればできる限り悪を排除し、全能であれば、できることに限界がありません。つまり、神によって完全に排除されるため、悪はこの世に存在しないことになります。

現実は、悪が存在しないといえる状況ではありません。そうなると、神は存在しないのでしょうか。

それに対し、「ある悪い事態がそれを凌駕する良い事態に含まれている場合は、神は悪を排除しない」という考え方もあると著者はいっています。悪であっても、「大きな善を排除することなしに排除できる悪は存在しない」という解釈が成り立つのです。

一方で、ホロコーストや東日本大震災など、考えられないほど不条理な悪もあります。それらは、人間にとって必要な悪であったがゆえに神は黙認したのでしょうか?

神義論は、そうして神との対話をするプロセスに意味があり、キリスト教の信仰はこの世の理不尽、不条理、不合理がもたらす苦しみを「神との関係」というレンズを通してのみ理解しようとする決断のことだと著者はいっています。

本書は、身近な話題や社会問題から、キリスト教に対する理解を深めることができます。キリスト教について知りたい方はもちろん、人生や世の中の不条理に憤りを感じている人にもおすすめです。(中山寒稀)

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